自然は誰のものか

以前とあるブログで「鎌倉でトレラン(トレイルランニングの略。山道を走る行為を指す)してたら地元民に怒られたんだけど、別に禁止されてる訳じゃないし一体何なの」的な記述があり、少し違和感を覚えたのでちょっと書いておきます。

よく「海はみんなのもの」とか「山はみんなのもの」って言いますよね。

そういうの、マクロ的視点、つまり人類とか地球っていうスケールで考えるなら激しく同意するのですが、ミクロ的視点、地元住民的には「いやいや海とか山は地元民のものでしょ」って考える訳です。

・・・って冒頭にいきなり答え書いてしまったので、以下はお時間ある方は読んでいただければ幸甚です。

誰が維持コストを負担しているのか

ハイキングコースでもビーチでもなんでもいいのですが、こういったところって放置していていいわけはなく、普段からそれなりに維持コストがかかっており、そして今回の台風のように何か問題があれば復旧コストが発生するわけで、そしてそういったコストって基本、地方自治体の税収から賄われているわけですよ。

鎌倉市の場合、税収の約6割が地方税収入、そしてその地方税収入のほとんどが住民税や固定資産税から成り立っており、簡単にいうと維持コストは住民が負担しているわけです。

そういう立場の人間からすると、ヨソ者が我が物顔で山道走ってい(て、かつ無駄にアドレナリンが出て興奮状態だったりす)るのに遭遇すると、まあ色々ネガティブな感情を抱いてしまうわけですよ。

「なんだよ金の話かよ、じゃあ金払うよ。」

是非、お願いします。

もとい、某有名ITプラットフォーマーの創業者の言葉にこんなものがあります。

"Good intentions don't work but mechanisms do."
(「善意は働かない、働くのは仕組みだ。」)

個人的にはあまり好きじゃない言葉ですよ、はい。
いや、当方これでも超がつくほど性善説人間なので、いやいや人間はまだまだ捨てたもんじゃない、善意ってものがある、みんな言えばわかるやつばっかりだ、仕組みになんて頼らなくたっていい、って思いたいんですよ。

あと個人的にはレジェンドランナーの鏑木毅さんとかめちゃ敬愛してますし(昔とある高速道路SAで偶然お会いしたのですが、とても気さくに握手して頂きました)、トレランする人みんながみんな悪いやつじゃないってことも、色々と啓蒙活動頑張っていらっしゃる方も多いって重々わかっているんですよ。

でもですね。

残念ながら「マナーを守ろう」云々の善意的活動って「ないよりはあったほうがマシ」レベルの解決策でしか無くて、「自分たちが払っている税金が使われているのに・・・」というような、今の地元住民が感じている不平等感、不公平感の解消には全く働かないわけです。

トレランに限った話ではない

はい、おっしゃる通りです。
続きは別途、時間をかけて考えたいので、今回は一旦ここまでということで。

ちなみに私はトレランはしませんが、山歩きは好きです。

以前一度あるイベントで奥多摩だったかでトレランをしてみたことはあるのですが、忙しいというかなんというか、脳の情報処理が現実に追いつかないというか。

えっ、山は普通に歩きでよくない?と思っています。